理学療法士になってから
ずっと変わらない想い
私には常に変わらない想いがあります。
それは、100+1<0+1の存在としてリハビリを提供するセラピストでありたいということです。
これまでに想いを高める3つの経験があります。
豊中・北摂の出張整体リハビリの来田【KITA】
私には常に変わらない想いがあります。
それは、100+1<0+1の存在としてリハビリを提供するセラピストでありたいということです。
これまでに想いを高める3つの経験があります。
1つ目となるきっかけは日本語も英語も話せない、あるブラジル人男性の患者様との出会いからです。
彼はブラジルから来日し、パン工場での勤務中、工場の2階から転落して、大腿骨骨幹部骨折(太ももの骨折)で救急搬送され入院・手術となりました。
手術後、リハビリ処方が出され、私が担当になりましたが、彼には日本語も英語も通じず、通訳もいない為、はじめは彼の訴えを誰もしっかりと理解できませんでした。私はポルトガル語を勉強しながら、ジェスチャーを駆使し問診やリハビリを行ない、しばらくするうちに病棟の看護師さんからも通訳がわりに呼ばれるようになるほどコミュニケーションが取れるようになりました。彼のリハビリは進み無事松葉杖歩行で退院となり、外来リハビリに移行しました。なんとか通院できるレベルになりましたが、復職までには至らない彼は「回復が遅くなるとクビなる」と言っていました。彼はブラジルに妻と2人の小さな子どもを残したまま単身日本に働きに来ていたのです。日本で豊かな収入を得て、仕送りをすることでブラジルの家族を養えると思って来日し労働していましたが、実際は思ったほどの給与はなく、自分自身の生活で精一杯で仕送りまでは十分にできていない状況だったのです。
「ブラジルに家族がいるのだから、早く良くして、ブラジルに帰ってあげたらどうですか?」と言った私に、「帰りたいけど帰るお金がない。帰ってもうちは田舎だからリハビリをしてもらえるところがない。」と、悔しそうな悲しそうな表情の彼の一言が私のこれまでの価値観を変えました。
それまで、病院勤務と訪問リハビリに従事し地域に貢献していました。日本では毎年約1万人の理学療法士が国家試験を合格し病院や施設・地域で活躍しています。2007年当時日本の理学療法士数は6〜7万人、私もそのうちの1人です。しかし、日本の反対側の国には理学療法士が0人、十分なリハビリを受けることができない地域があるということに気付かされました。少しでも需要があるのなら、たとえ未熟な自分であっても貢献したい、0+1の存在でありたいと思いました。
それが『100+1<0+1』の想いです。これがのちの青年海外協力隊へ応募した動機となりました。
2つ目はフィジーの病院での勤務時代です。
フィジーの面積は四国ほどの大きさで約300もの島々でできています。人口は約85万人、機能的な病院は3つ、国内にMRIは0台、CTは1つの設備、当時の理学療法士数は36名。フィジーでの医療費は一部の高額治療を除き、基本的に無料で国が負担しています。
そのため最低限の医学的治療が終了したら、たとえ動作能力が生活環境に見合わず歩けなくとも、リハビリの優先性は低く医師の判断で退院になります。
私の担当していた患者様も、「早く歩けるようになって帰る。リハビリ頑張りたい。」と立ち上がりと車椅子移乗練習から始めた翌日、病棟に行くと消えていなくなるように退院されていました。離島も多く周囲は車で10分内の市街地以外は交通整備がなく、かつ交通手段に限りがあり、通院できるのは極めて近隣の方々のみで限られていました。ですので、退院後の村人たちはリハビリの機会に恵まれず、なんとか生活していくしかありません。
本来、隊員としての私の任務は病院でのスタッフ育成とマンパワーとしての支援でしたが、リハビリを必要とされている方のために自分ができる事は何かと考えた時、リハビリ知識や技術を拡める活動をしたいと思いました。なぜなら病院には理学療法士がいても、地域には0人だったからです。上司の理解を得て、自分が0+1の存在として中心となり地域・村での生活が困難な方や障がいのある方を把握し、訪問看護師らとともに村の巡回や障がい者団体への介護技術講習などを開催することができました。
この国ではいかに病院と地域が連携し、退院後限られたリハビリ専門職の中で支援できるかということが今後の健康寿命延伸への課題だと信じ、病院と地域のスタッフが関わるための仕組みづくりに尽力しました。
最後の3つ目は、帰国後、勤務病院の介護保険事業としてデイサービス・訪問リハでの経験からです。
法人内のリハビリデイサービス、訪問リハビリの開設〜運営に関わり、地域のご利用者様の希望に応じられるよう、痛みや生活課題への解決、健康寿命延伸に尽力しました。
ご利用者様には要介護認定での予防〜重度介助レベルまでの段階があり、そのレベルによって介護保険サービスの利用点数が定められています。デイサービスの利用回数も点数内に収めることや保険内では要支援1の方では週1回までといった制度があります。高齢者にとって状態は日々変化しやすく、辛い痛みや生活課題があっても制度上それ以上の手厚いサービスを受けることは難しくなります。個別の施術時間を設けても、1人に対応できる時間は多くても15〜20分、あくまで集団的なサービスの域を超えることができません。
出会った方々の多くは明るく元気そうに見えても、今の身体の苦痛や苦悩、将来の健康不安を感じ、少しでも良くなりたいと前向きにひたむきに頑張っています。
その中で、「もっとみてほしい」、「もっと時間をとって治療してほしい」という声が後を絶ちませんでした。また、たとえ保険外で希望したとしても、その希望に応じる施設やサービスは近隣では見当たりませんでした。
満足できる時間と質の良いサービスを希望してもその受け皿がなく、本当に望まれているリハビリは行き届いていないことがわかりました。
たとえ保険外であっても必要とされる方がいるのであれば、0から1の存在として尽力できればと思いました。
以上が若干の経験の中から感じてきた想いです。
今後も困っている方々、頑張りたい方々への支援に尽力していきます。
パフォーマンスピラミッドとは、人の動作や動作パターンをイメージし、理解するために作成された略図のことです。
まず課題となっている動作の改善のためには、まず最も土台となる動作に必要な柔軟性、体幹機能、バランスなど正しく動くカラダができていることが条件となります。多くは痛みが動きを制限している場合があり、痛みへの施術と痛みのない動きを促通・学習を進めます。もし、お客様がお身体の柔軟性が低下したり、痛みによって正しい動きができなくなると土台が小さくなます。このピラミッドは崩れやすく痛みが改善しなかったり、再発したりと様々な悪影響が生じるため最も重視している部分です。
中間の層にはパフォーマンスとしての筋力、体力などが準備を行い、一つの筋肉だけではなく動作として統合した機能的な動きの習得を進めます。最上段のスキルにてお客様特有の日常生活動作やお仕事動作の練習、スポーツ技術の習得を図り、体系的かつ根本的にお客様一人一人のお悩みを解決していきます。
Gray Cook: Athletic Body in Balance. 2003
また、人がより楽により効率的に「正しく動く」ためのjont by joint theory に基づき身体づくりを行います。人間の身体には多くの関節が存在し、それぞれの関節には役割があります。関節ごとに正しい役割に応じて動作を行うことを引き出し、人間が本来持っている機能を最大限に活用した機能的(ファンクショナル)な動作が実現させていきます。
例えば、床の荷物を運ぼるときに腰痛がある方に対して、腰の施術だけでは根本解決に至らない場合があります。本来大きな可動には適さない安定すべき役割の腰椎(Stability joint)と、隣接する可動に適している股関節(Mobility joint)の柔軟性は十分かを確認し、施術を進めます。このように人間の身体の仕組みの前提に、課題動作を確認し痛みの相互の関係性を評価、原因を追求し問題解決を進めていきます。
GRAY COOK: EXPANDING ON THE JOINT-BY-JOINT APPROACH, PART 1 OF 3
https://www.otpbooks.com/expanding-on-the-joint-by-joint-approach-by-gray-cook-part-1-of-3/
2003年 | 国家資格 理学療法士免許 取得 |
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2003年~ | 社会医療法人愛仁会 千船病院(急性期総合病院・訪問リハビリ診療) |
2007年~ | JICA 青年海外協力隊 派遣 フィジー共和国 国立ラウトカ病院 理学療法科 |
2010年~ | 社会医療法人 純幸会 豊中渡辺病院 急性期・スポーツリハビリテーション担当 |
2015年~ | 社会医療法人 純幸会 関西メディカルリハ倶楽部(リハビリ特化デイサービス) 個別リハビリテーション担当 関西メディカル病院 スポーツリハビリテーション担当 |
2016年~ | 関西メディカルリハ倶楽部 所長・主任 |
2020年~ | 関西メディカル病院 リハビリテーション科 主任 関西メディカル訪問リハステーション 所長 |
2022年~ | リハビリ&コンディショニング ラボ KITA 開院 |
2010年~ | 全国高校野球選手権大会(甲子園大会:春・夏)メディカルサポート |
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2013年~現在 | 大阪桐蔭高校 硬式野球部コンディショニングトレーナー |
2014年~現在 | 福井工業大学附属福井高等学校 硬式野球部コンディショニングトレーナー |
2015年 | 西日本学童軟式野球大会メディカルサポート WBSC U-18(世界野球ソフトボール連盟)ベースボールワールドカップ 日本代表国内合宿帯同アシスタント |
病院・クリニックとの提携で医学的対応への連携が可能です。
社会医療法人 純幸会
関西メディカル病院
病院長 渡邉 太郎氏
医学が進歩し「人生100年時代」人生の最後を住み慣れた地域で無事迎えられるようにするのが日本の直面している大きな課題です。怪我や病気に一度も遭遇しない人は稀で、むしろ何度も遭遇する方の方が多いと思います。長い人生の中で健康寿命をいかに伸ばせるかと私は考えています。残念ながら国の政策の医療保険や介護保険ではリハビリを受けるのには上限があります。
来田晃幸君は当法人で学んだ優秀な理学療法士です。もし健康寿命を維持するためにお困りであればプロの指導を受けることを推薦します。
関西メディカル病院は、救急車の受け入れ件数は地域トップクラスの大阪府から社会医療法人の認可を受けた地域と連携し支援する基幹病院です。我々は関西メディカル病院と提携し、患者様の退院後の生活課題および身体機能の改善に向けてサポートいたします。また、ご利用者様の状態に応じたご受診の検討、ご相談を行いながら安心・安全の元サービスを提供いたします。
病床数:225床
診療科目:内科・消化器内科・循環器内科・人工透析内科・神経内科・外科・肛門科・乳腺外科・整形外科・耳鼻咽頭科・眼科・泌尿器科・脳神経外科・小児科・リハビリテーション科・放射線科・麻酔科
社会医療法人 純幸会
関西メディカル腎移植クリニック
院長
感染症対策体制整備担当責任者
高原 史郎氏
現在の日本では、病院内での治療後の退院が早めとなり、在宅医療を担当する医師・看護師・フィジカルセラピストが自宅や老人介護施設に出向いて診察・治療を行うことがどんどん増えています。そのなかで在宅でのリハビリが特に重要となってきます。なぜなら在宅での医療行為のなかでリハビリが最も時間を要し、また長い期間継続して行わねばならないからです。
私たちの病院でも特に地域の方々への訪問リハビリの充実に苦労をしました。来田さんが責任者として今の関西メディカル病院の訪問リハビリをゼロから立ち上げ、そして完成させました。今では当院の訪問医療のかなめとなっています。
今後、私たち急性期病院は、来田さんの新しいチームによる「より広い地域をカバーする、よりレベルの高い訪問リハビリチーム」と協力して、病院で行う急性期医療から在宅医療チームへの連携を強化することが出来ます。一人一人の患者様にとって満足度が高いオーダーメイド医療を実現することができるのです。
社会医療法人 純幸会
関西メディカル病院
在宅診療医
小西 則久氏
来田さんとは2020年4月に立ち上がった訪問リハビリ部門で共に働いてまいりました。入院を契機に入院前と変わって暮らしが困難になった患者さまに、退院後の訪問リハビリ開始するにあたっての計画書作成やリハビリ開始後のリハビリ会議、及び往診などでご一緒させてもらいました。
来田さんの患者様への関わり方をそばで見てきて感じたことを少し紹介させてもらいます。最初に感じたのが相手の身体を多面的に診ようとする洞察力です。人のからだは単なる肉体ではなく、一人ひとり固有の心が宿った身体として存在しています。身体に関わるリハビリにおいては、その人の心の存在を絶えず配慮して診ようとする視点が大切になります。もちろんそこでは、筋肉や関節の状態を客観的に診る目も必要になります。来田さんは対話や身体に触れることを通して相手に真摯に向き合うことで、その方が何を求めどうなりたいかを感じながらリハビリを行っておられました。今回の新たなスタートではリハビリに対する愛情と情熱がさらに昇華されていかれるものと思います。ご活躍を見守っています。
関西メディカル病院 整形外科
行岡病院
副院長
正富 隆氏
私は上肢を中心にスポーツ選手の手術・リハビリテーションを手掛けて参りましたが、スポーツ選手はプロでない限り、病院の開いている日中に通院することが困難な状況に苦慮しておりました。そこで私が選手の通院利便性を考えて、夕方から夜にかけて行えるリハビリテーション施設を関西メディカル病院の前身である豊中渡辺病院で立ち上げてから、来田君は私の思いに賛同していただいて夜遅くまでずっと力を貸していただいてきました。またその経歴からもわかるように、非常に熱心な臨床家であり研究者であり続け、いつも患者さん、とりわけスポーツ選手の力になるために努力・犠牲を惜しみませんでした。お陰でスポーツ選手のリハビリテーションは彼に任せておけば安心できました。今回、独立されるに当たり、私にとっては大きな痛手ですが、彼の能力を存分にスポーツ選手のために活かすことになる訳ですから、これほど喜ばしいことはありません。今後もスポーツ選手の傷害予防から治療・復帰のために尽力していただけることを心より祈念しています。頑張ってください。
健彰会クリニック
整形外科リウマチ科
院長
金子 元春氏
来田先生の第一印象はワイルドですが、臨床では理学療法士として20年を超す豊富な臨床経験をもとに、痛みや機能障害の原因を追究し、丁寧に説明しながら理解してもらった上で丁寧にリハビリテーションをしているので、治療してもらった患者さんからはよくなったとの患者の声をよく聞いていました。
特に大阪桐蔭高校野球部のトレーナー業務を通じ高校球児の肩関節の障害について造詣が深く、スポーツ選手のリハビリテーションでは心配なく任せていました。
パーソナルリハビリ、コンディショニングでは多くの人の役に立てるものと期待しています。
2020年秋から阪急京都線総持寺駅から徒歩5分の場所に移転し 整形外科リウマチ科のクリニックを営み、地域医療に貢献しています。高齢者の変性疾患から外傷などの一般整形外科から、関節リウマチ、スポーツ整形外科まで、疼痛の緩和から予防、機能向上まで目指し、リハビリテーションを充実させて診療しています。
医療法人箕面の森
整形外科クリニック
理事長
森 裕之氏
整形外科クリニックにて特にスポーツ医学を専門とする私としては、全国レベルの野球強豪校も担当している来田君の力量は大変頼もしく、一目置くべきものがあります。また彼はスポーツ選手だけではなく、高齢者を始めとした一般整形外科の患者様にも、当然適切に治療できるだけではなく、医療者としてしっかりと寄り添える人間力も備えていると思います。
クリニックとしても、今後も彼の力を借りながら、共に歩み成長し、あらゆる患者様のニーズにしっかりと応えていきたいと考えています。
箕面の森整形外科クリニックは、2014年の開院以来地域医療に貢献しており、小児から高齢者まで幅広い整形外科疾患、外傷に対応しています。
特にスポーツ医学を得意としており、一般のスポーツ愛好家や選手は勿論、日本代表選手を含むトップアスリートも来院しています。
なかじま整形外科
副院長
中嶋 哲史氏
来田先生には当院の患者様の治療を外部委託させていただいています。彼の知識を共有させてもらいとても勉強になっています。
すでに諸先輩方が推薦文を記載されていますが、一度彼と話すとファンになってしまったり応援したくなってしまうのです。
理由としては彼の確かな技術は勿論の事、この仕事にやりがいと誇りを持ち、今の日本の医療をより良い方向にしたい、自分ならできる、という使命感と覚悟があるからだと思います。それは彼の地域に根差した活動や日本各地で教育・講演などの言動から垣間見えるのではないでしょうか。
彼に任せるか悩まれた方は一度彼と話してみてはいかがでしょうか。気さくで律儀、フレンドリー、そして笑顔が素敵、ファンになってしまうこと間違い無しです。
共にこれからの日本の医療を支える仲間として彼を推薦いたします。
高槻で開院25年、父と二人で診療を行なっています。整形外科だけでなく循環器内科や関節リウマチの診療を行っています。積極的に肩周囲のハイドロリリースとリハビリを行っており凍結肩に定評があります。来田先生に触発され「シックケアではなくヘルスケア」を合言葉に今後も理学療法にさらに注力していく方針です。